宇陀傍観録UDA

宇陀の出来事を、ちょっと離れた場所からニヤリと見守る。 地元の“今”を観察しながら、時々ツッコミを入れる地域ブログです。

桜井市の人口減少にブレーキがかかった時期はあったのか

宇陀仁

奈良県桜井市の田舎の景色


桜井市の人口は、じわじわと減り続けている。
それは誰が見てもそうだし、数字が語っている。

だけどふと思った。
「減り続けてる」と言っても、その途中でいったん止まったような時期はなかったんだろうか。

ずっと真っ逆さまに減り続けたのか。
どこかで横ばいになった瞬間はなかったのか。
それが気になって、今回はその一点にしぼって考えてみることにした。

ただ、人口が「止まったかどうか」は、どの単位で見るかによって答えが変わる。
年単位か。5年ごとか。それとも月単位か。

だから、ここでは大きく分けて二つにしぼってみた。

・5年ごとの国勢調査で、数字がほぼ横ばいになった時期があるか
・人口が減る局面に入ったあとでも、一時的に落ち着いた時期があるか

このふたつに沿って、桜井市の動きを見ていく。


増減が止まったように見えたのはいつか

1995年から2000年が一番近い

結論から言うと、桜井市で人口が「止まった」に最も近いのは、1995年から2000年の間だと思う。[桜井市の人口統計

この時期は、増え方がほとんどなく、数字が横ばいに近い。
いわば、上り坂の終わり。山頂で足を止めたような状態。そんなイメージがしっくりくる。

ただし、それ以降は明らかに減少へと転じていく。
2005年、2010年、2015年、2020年と数字は下がり続ける。
月ごとの変動で見れば、一時的に減り方がゆるむことはあるけれど、全体の流れはずっと下り坂だ。

私は今のところ、この1995年から2000年の横ばいを「止まった時期」と見なしている。


なぜ一瞬止まったように見えるのか

観光のにぎわいと定住人口は別の動き

「人口が減っている」と言っても、実際に桜井市を歩いていると、にぎわいを感じることがある。

大神神社や長谷寺のある日、参拝客がぞろぞろ歩いていたり、駐車場が満車だったり。
安倍文殊院で行事がある時期には、観光バスもよく見かける。

こういう場面に出会うと、桜井って人が集まる街じゃないか?と思えてくる。

けれど、定住する人の数はそれとは別の力で動いている。
職場、通学先、家賃、生活費。
そういった日常の条件が、時間をかけてじわじわと数字を変えていく。

実際、桜井駅前にはフレスポ桜井があるし、スーパーセンターオークワ桜井店も使いやすい。
図書館、市民会館といった公共施設も整っている。

生活ができる条件はあるのに、人口は減っていく。
ここに、矛盾のような、不思議な感覚がある。


周辺の市町村と比べてみる

桜井市は人の流れに巻き込まれやすい場所にある

私は宇陀市に住んでいるが、感覚として、桜井市は「奈良盆地の中心と縁をつなぐ街」だと思っている。

奈良市や橿原市、天理市に行くのもそこまで遠くない。
反対に、宇陀市や吉野方面にも抜けやすい。

その位置関係は、便利とも言えるが、人の動きに巻き込まれやすい場所でもある。
通勤や通学、買い物の先が複数あると、人の流れは分散しやすくなる。

道路事情も関係している。
国道165号や169号といった主要道が桜井を通っていて、車での移動も軽い。
私自身、宇陀から出るときは、自然と桜井を経由することが多い。

動きやすいというのは、住み替えも起きやすいということだと思う。
これが良いか悪いかではなく、そういう空気が地理的にできている。

奈良県内の他の自治体も、1990年代に人口がピークを迎え、その後少しずつ減っているケースが多い。
桜井だけが特殊なのではなく、奈良盆地全体がそういう流れにあるように見える。


人口規模が近い市と比較すると

四條畷市と白岡市は桜井とは違う動きをしている

桜井市と同じくらいの人口規模を持つ市として、大阪府の四條畷市と埼玉県の白岡市がある。[全国市町村人口ランキング

この二つを並べてみると、桜井の動きが際立ってくる。

まず、四條畷市。
ここは大阪都市圏の中に位置していて、2000年代は人口が増え続けていた。
ただ、2010年あたりで伸びが止まり、その後は減少に転じている。
「止まったように見える」タイミングは、このピーク直前の数年間にある。

一方の白岡市は、首都圏のベッドタウン的な性格が強く、今でも少しずつ増え続けている。
1990年代から2020年まで、目立った減少はない。[白岡市の人口について

同じような人口規模でも、これだけ違いが出るのは何が理由か。
それはもう、立地と生活圏の広がり方の違いに尽きると思う。

四條畷は大阪圏、白岡は首都圏。
桜井市は奈良県の中にあり、県内完結型の生活圏が中心になる。

だからこそ、2000年前後に足踏みがあっても、そのあとは自然減の波にのまれて減少が続いている。
これが私の今の見立てだ。


減少が止まらない理由を考える

気になるのはこの三つのポイント

一つ目は、自然減が加速していること。
高齢化が進み、出生数よりも死亡数が上回る。
転入が少し増えたくらいでは埋めきれない。

二つ目は、移動しやすい地理。
便利ということは、出ていくことも簡単だということ。
桜井市は、奈良市・橿原市・天理市、大阪方面にもアクセスできる分、流出の動きも起きやすい。

三つ目は、観光の魅力と居住の魅力が別物だという点。
大神神社や長谷寺、安倍文殊院など、訪れたい場所はたくさんある。
でも、そこに住みたい理由になるかというと、それだけでは決め手になりにくい。

仕事があるか。
子育てがしやすいか。
暮らしやすいか。

住む場所としての魅力は、もっと広い条件の組み合わせで決まっていく。


最後にもう一度整理する

桜井市の人口はいつ止まりかけたのか

今のところ、私が「人口が止まった時期」と言えるのは、1995年から2000年までの間だけだ。

それ以降は、ほぼ一貫して減少が続いている。
周辺との位置関係を見ると、桜井市は中心にも郊外にもなりうる場所にあり、人の動きに影響されやすい。

同じ規模の市を見ても、桜井と同じような曲線を描くとは限らない。
四條畷は都市圏のピークのあとに減り始め、白岡は今も増えている。
桜井は2000年前後で頭打ちになり、その後は減少へ入った。
これはもう、街の成り立ちと土台の違いが出ているとしか思えない。

正直なところ、少しもどかしい気持ちもある。
便利な施設もある。
交通も悪くない。
それでも人口は減り続ける。

だからこそ、次に見てみたいのは、年齢層別の人口の動き。
どの世代が出ていき、どの層が残っているのか。
そして、駅前や住宅地の暮らしがどこまで更新されているか。

止まりそうで止まらない街の輪郭を、もう少し深く見ていきたい。